- 2017-5-19
- WEB集客
私はこれまで「自ら発信する」ということに対して、小さな偏見を抱いていました。
「秀でた人」というのは、自分で吹聴しなくても自然と認められる。
私が「秀でた人」という訳ではなく、「秀でてたら」勝手に認められるということ。
自ら宣伝してまで認めさせるというのは「邪道だ」という考え方です。
だから「自ら発信する」のは「実力がない人のすること」だと勝手に決めていたんです。
そう、実は私はホームページも、TwitterなどのSNSも、全く向いてないんです。
だって、私はサラリーマン
大学を卒業し、右も左もわからないままパナソニックに入社。
パナソニックに入社したことの「価値」を感じることなく、24年間が経過。
会社を辞め、一個人として世間に晒され、初めて「サラリーマン」だった自分を自覚。
人間というのは、本当に面倒臭く出来ています。
自分の「立場」を失ってはじめて認識するんです。
- サラリーマンは「自分」を宣伝しなくても、「会社の看板」で仕事が出来ます。
- しかも、仕事の成果を、自分だけの功績のように思ってしまうんです。
- 所属する会社の大看板を亡くした時の自分の価値なんて、想像できないんです。
ホームページでマーケティングをするということは? でも触れています。
自分や会社をわざわざ宣伝する必要がないから、「自ら発信する人」に違和感を感じていました。
今やっと、情報発信にも色々あるけれど、全ての始まりは「存在を認めてもらう」ことだと、気付いたんです。
自ら発信するということ
インターネットの普及により、
- 自らの意見
- 自らの思想
- 自らの日常 など・・・
誰でも発信できるようになりました。
その結果、いいかどうかはともかく情報が溢れかえり、
情報を取捨選択する「確かな選択眼」が求められる時代になりました。
情報発信などしなくてもいい、私は頑なにそう思っていたので、それを否定するつもりはありません。
でも、お店や会社の存在を知ってもらうには、「自ら発信する」ことを避けては通れません。
ひと昔前は、「自ら発信」などしなくても、ビジネスは成立していたかもしれません。
過剰に便利になってしまったからこそ、
- 今まで自ら発信することのなかった人まで、情報を発信するようになり
- 今まで簡単に手に入れられなかった情報を、瞬時に得ることが出来るようになりました
「発信すること」が当たり前になってしまったから、「発信しない」人は存在すら認識されにくくなってしまったようです。
「自ら発信する」にも覚悟がいる
「自ら発信する」と決めたからには、何かしら人のお役に立たねばなりません。
何かしら人のお役に立つ情報を発信しなければ、
- 誰にも必要とされず、
- 検索エンジンからも評価してもらえません。
だから「自ら発信する」って少し、勇気がいります。
誰かが既に発信していることを真似て発信しても意味がないので、
- 自分の意見、考えを発信しなければいけない。
- 「自己満足」な情報を発信したら、みんなから嫌われる。(本当は見てもらえないだけですけど)
私としては、まるで裸の自分を披露しているような気分です。だから、相当な覚悟がいります。
自らの発信に向かない、私個人の見解なので、ここは無視してもらっても大丈夫です。
発信し続けてる人って偉い!
自分が発信する立場になって、改めて思ったことは、「発信し続けてる人って偉い」ということ。
私自身、「面白い情報」や「役立つ情報」を発信してると胸を張って言える状態ではありません。
でも、精一杯「吟味」を重ね、精査しているつもりです。
- 仕事をしている時も、休んでいる時も、常に「何かないかな?」とネタを探しています。
- 過去の自分自身の経験を、思い返す機会が大幅に増えました。
- 毎日のニュースも、聞き流すのではなく、耳を傾けるようになりました。
そんな風に考えると、継続して情報発信をする、ということはつらいけれど、メリットもあります。
「日常の小さな発見を見落とすまい」と神経を尖らせている毎日です。
でも、やっぱり「天才」が羨ましい
情報発信するようになって、私にもそんな小さな変化(前述)が起きました。そして思ったこと。
- やっぱり「天才」が羨ましい。
- 自ら情報発信しなくても「周りが勝手に評価してくれる」天才が羨ましい。
その気持ちに変化はアリマセン。
- でも、「羨ましい」と指をくわえてみていても何も始まりません。
- 私がある日、「天才」と称賛される日はやってきません。
だから、身分相応の努力を怠ることなく続けることで、いつか、それが宝の山になることを信じて、
私は今日も「ネタ」を探し、情報発信するのです。
何故なら、ホームページで情報発信することで、みんなに少しずつでも認めてもらいたいから。
認めてもらうことが出来てはじめて「集客」のスタートラインに立つということだから。
どうぞ、よろしくお願い致します!