- 2017-6-8
- HP制作と運用
このWeb業界、何かと言えば「デザイン」が取り沙汰されます。
私はこの「Webデザイン」に大きな疑問を抱えています。
「デザイン」は見えてしまうからフィーチャーされやすい
本来、デザイナーとは
- 色彩感覚や、想像力といった生まれ持った才能を持ち合わせ
- 「デザイン」に対して飽くなき興味がある
このような人が、更に
- 人間の「無意識下の視覚」を利用した法則を学び、
- 様々なものが「美しく」見える黄金比率を学び、
- 「光」や「影」を巧みに利用する など
他にもたくさんあると思うのですが、「最高の表現方法」をデザインとして生み出すということ。
一方で、デザインには
- 人それぞれ好き嫌いがあり
- 誰の目にも、簡単に見ることが出来、
- 見たものに対しては、容易にケチが付けられる
という特質を持ちます。
だから、ついつい本職ではないことを忘れ、「デザイン」に拘り、自分の意見を押し通そうとしてしまう。
ただ、素人にも分かることがある
それなのに、
- この写真が素晴らしい
- この絵が素晴らしい
- この彫刻のバランスが素晴らしい など
遠い昔から「素晴らしいもの」は「素晴らしい」と正当な評価を受けてきました。
もちろん、専門家の評価に乗っかって、わかってるふりをしている人も多数混ざっているとは思います。
でも、やっぱり素人にだって「これは美しい」とわかる感覚があるようです。
本物の「美」には
- 違和感がなく、
- 調和がとれており、
- 見ていて心地よいと感じる
そんな何かがきちんと存在している。
これはおそらく、人間の生まれ持った本能が感じているのだと思います。
多くの人が「美味しいものが分かる」のと同じ感覚、つまり経験上培った何かなんでしょう。
だから、美しいものが分かること自体、否定するつもりはありません。
フラットデザインについて
一方で、制作会社側の意見としても、釈然としない違和感を抱いています。
それが「フラットデザイン」の捉え方。
数年前から「フラットデザイン」と呼ばれるスタイルが、ホームページのトレンドと言われています。
このトレンド、私はしっくりこなかったんです。
- 何のための、フラットデザインなのか?
- ただ、「恰好良さ」を追求しているのか?
という疑問。
理由もなく、トレンドを追いかけて、フラットデザインを目指す?
そんなおかしな話があってたまるものか。
理由もわからず「トレンドだからフラットデザインを採用する」必要なんか、これっぽちもないと思うのです。
つい最近、ある本をきっかけに、やっと私の抱える謎が解けました。
フラットデザインの流れとは、「ITの世界」が「現実の世界」を超える時が来た、ということのようです。
「ITの世界」が「現実の世界」を超えるとは?
これまで、コンピューター上の表現方法として、メタファ(比喩:実世界に存在する何かに見立てる)が採用されてきました。これを「スキュアモーフィズム」と言います。
例えば、Microsoft Office(だけでもないが)に見られる下記のような表現方法
- 保存 → フロッピーディスク
- カット → はさみ
- 検索 → 望遠鏡
実社会に存在する「何か」に見立てて表現することで、何をすればいいのか、直感的な理解を促すというもの。
昨今、コンピューターは生活を便利、あるいは定型化する、という枠組みを超え、
従来の人間の営みの中にはなかった「価値観」が登場しています。
- Twitterに代表される「現実世界にはないコミュニケーション」のためのツール
- ポケモンGOのように、現実世界とバーチャルの融合で実現できたアプリケーション など・・・
今後、このような「現実世界にはない新たな価値観」は、次々と生み出されてくるに違いない。
となると、これまでのメタファの表現が、反って間違った「先入観」を与え、操作の邪魔になってしまいます。
そんな流れの中で、何かに見立てたような表現は極力しない「フラットデザイン」が登場してきたようです。
やっと、私の釈然としない思いのひとつが、腑に落ちました。
- 私はWebデザイナーでもなく、
- デザインに精通しているわけでもない。
ただ、私はすごく気になるのです。
作る側も含め、「Webデザインに対する拘り」は、多くの場合、何故か「目的」が置き去りになってしまうのです。
美しいことや、恰好いいことの前に「目的を忘れてはいけない」と思うのです。
だから、デザインの専門家ではないけれど、違う視点で、私なりに拘り続けたいと思います。