ブログ記事投稿への想い、新たに

訳あって、近頃、久々に時々日経新聞を読んでいます。

私にとっての新聞

私は、あまり新聞が好きではありません。

何故なら、朝日新聞、毎日新聞・・・新聞各社の情報は、テレビのニュースで得られる情報と大差ありません。
しかも、新聞のみならず、大量の新聞折り込みチラシの片づけに追われることになります。
たわいもないことが原因で、新聞は価値を下げている、などと偉そうに思っていたりします。

一方で、日経新聞は他の新聞各社とは異なり、経済新聞だけあって、ビジネスマンにとって必要な情報が掲載されています。

ひと昔前、半ば強制的に経済新聞を読んでいた私は、

  • 特別な情報を入手できるという「プラス感情」とは裏腹に、
  • 他の新聞と比べると「少し読みづらい」というマイナス感情を抱いていました。

その頃の私にとっての日経新聞の位置付けは、

  • 会社の偉い人からの突発的な質問に、「まれに対応できることがある」くらいなもので、
  • 日経新聞を購入する費用と、解読する時間を差っ引けば、下手をすればマイナスとなるかもしれないなどと

思っていたことは否定できません。

経営視点に立つということ

会社では「一人ひとりが経営者という自覚を持って」と、繰返し言われていました。
それを受けて

  • 大企業の一社員の分際で、自分が経営者ならどう判断するか?などとたわけたことを考えていたり、
  • 「経営者視点で」と口にしていれば、あいつは分かってる、と思われるんじゃないだろうか?と処世術的に

使っていたような気がします。

とは言え、私は例外的な存在ではなく、

  • 大きな責任を背負っている偉いさん方を除き、多少の差こそあれ、みんな似たようなものであったと思います。
  • 私も含め、みんなの「能力が低い」と言ってるわけではなく、経営者視点など、簡単に立てるものではありません。

だって、所詮はお給料の心配などしなくていいサラリーマンなんですから。

経営者とは、どういうことなんでしょうか?

  • 会社を背負い、
  • 社員を背負い、
  • 社員の家族を背負い、
  • 常に情報収集のアンテナを張り巡らせ、
  • 様々なケースを想定しつつ、「絶対」を保証されていない舵を切る

そんなことの繰り返し。
そんなこと、体験もしてないのに、想像できるわけがないんです。

サラリーマンと経営者

サラリーマンの崖っぷちと、経営者の崖っぷちは全然違うものです。
我が事として、崖っぷちに立ち、正しい判断をするための情報を得て、速やかに決断する。
それでも間違うこともある。当然、間違えば無傷では済まない。それが経営者。

もちろん、一介のサラリーマンであっても、決断を迫られ、腹をくくる覚悟を決めないといけない時もあります。

  • 私自身、最善の決断を下してきたと思う一方で、
  • サラリーマン仕事だったなと、反省もするのです。

何故なら、サラリーマンである私への最大の天罰は、怒られるくらい のこと。

  • お給料がもらえないわけでなく、
  • 会社を首になるわけでもなく、
  • だから、路頭に迷うなんて心配もありません。

崖っぷちで手にする日経新聞

そんなことはさておき、実は今回、私が大企業の正社員という安寧の地を捨ててはじめて手にした日経新聞。
今の弊社にとって「日経新聞の情報が戦略立案に必要なのか?」と言われれば、
直接的には、何の役にも立たないと思っています。

ただ、直接役に立たなくとも、「常日頃の情報収集は不可欠である」と思い至りました。

理由は二つ。

  • ひとつは「会社の今後の行方を案じる真っ只中」にいるから。
  • もうひとつは、そんな会社の行方を案じ、経営学や財務学を学ぶことで、基礎知識が備わったから。

そんな視点で日経新聞を見てると、

  • 記事の内容が、少し身近なものに感じられるようになり、
  • 昔、活字として追っていた記事が、今「なるほど~」「やっぱりね~」と

感想を覚えるようになったんです。

立場が変わることは、人間に大きな成長を促すと思います。
同じ立場でいることは「楽」だけど、人間としての成長を妨げてしまうと思うのです。

だからこそ、「立場」を変えることには、とてつもないパワーを要し、大きなストレスを伴います。

  • ただ、そこには新しい世界があり、
  • 新しい出会いがあり、
  • その先に、新しい自分がいるんじゃないかなと思うのです。

ブログ記事について

ついに本題です。
一言で表現するなら、弊社ホームページのブログ記事など、直帰率を上げる原因 にしかなっていません。

それでも、腐ることなく「何かを信じて」ブログ記事を発信し続ける根性。
その根性を後押しする感覚を、最近「日経新聞」を読む 私自身の変化 に感じ取る事が出来たのです。

日経新聞と、弊社ホームページを比較すること自体、非常識かもしれません。

  • 著名度も違えば、取り扱うテーマも違う
  • 掲載媒体も違えば、主要目的も異なる

何から何まで違うけれど、当ブログだって記事は記事。
誰かの「気付き」になることがあればなぁ、なんて淡い期待を抱いて発信しているわけです。

そして、私が今回得た気付き。それは、

  • 誰もが必要としている日経新聞の記事でさえ、
  • 当の本人が必要としてなければ、必要な記事ではない

ということなんです。

逆の発想で、

  • 今は誰も必要としている人なんていなくても、
  • いつか、誰かが必要と思った時に「なるほど~」と思える記事を発信していこうと。
  • 腐らず、自分を信じて、ただ真摯に記事を発信していこうと。

私の考える「ブログ記事の在り方」についての結論です。

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