「システム部門」長澤伸介(ながさわしんすけ)

◆パソコンとの出会い

最初に「パソコン」というものに触れたのは小学校4年生の頃。
兄が買ってきた「M5(※)」というおもちゃのようなパソコンとの出会いが、「プログラミング」への興味を本格化するきっかけとなります。

※ M5(エムファイブ):1982年にソードが開発・発売したパソコンでBasicがカートリッジで提供されていた。

◆ Basic学習に魅了されたわけ

兄がパソコンを買う前に購入していた「バカボンのパパが主役(?)のコンピュータの仕組みを説明する書籍」があり、コンピュータの基礎についての予習は万端。改めてその本について検索してみたが、ヒットせず。本当はバカボンのパパが主役ではなかったのかもしれないが、分かりやすく説明されていたと記憶しています。

当時「マイコンBasicマガジン」「テクノポリス」という一部のマニア向けコンピュータ雑誌に「Basicプログラム」が掲載されいたのを目聡く見つけ、独自に解読。こう記述すればああなり、ああ記述すればこうなる、と解析に没頭。傍からはどのように映っていたのかわかりませんが、10歳にしてパソコンオタク誕生です。

そうこうするうち、「プログラムを作りたい!!!」と、溢れ出る欲求が抑えられなくなっていきます。

兄に「衝突(ゲームで飛行物体とミサイルが衝突するようなこと)の判定ってどうやるかわかるか?」と突然聞かれ、「X座標とY座標が同じやったら衝突やろ」と、咄嗟に返答。「オレ天才ちゃうか・・・」という勘違いが芽生えた瞬間の光景が、今でも鮮やかに蘇ります。

兄は私に「天才の自覚」と「プログラム作成への欲求」に火をつけておきながら、なかなかパソコン触らせてくれません。鬱々と、ノート数ページに渡ってゲームのプログラムを書く、という毎日を過ごします。結局、私が作成したプログラムの数々は、どれも正常稼働を確認せぬまま、想像上の産物ばかりが増え続けます。とにかく、プログラムのロジックを考えていることが楽しくて仕方なかったのです。

◆速さへの拘り

時が流れ、高校に入学した際、少し高級な「PC-8801」というNECが発売していたパソコンを買ってもらいます。長年の夢が叶い、とうとう本格的なプログラミングに着手します。当時のパソコン(30年前)は今とは比べ物にならないほど性能が低い。その上、当時のBasicの言語特性として「プログラムを上から一行一行翻訳しながら実行する」という性質を持ち、処理速度に限界があります。

その処理速度の問題を解決できるのが「アセンブラ」。アセンブラとは、機械がそのまま実行することが可能な数字ばかりの文字列を、少しだけ人間にとって分かりやすくした原始的なプログラム言語です。実行都度、パソコンが処理できる数列に変更するのではなく、実行前に数列に一括変換した後の処理実行となるため、高速処理が可能です。

実はその頃の私は「パソコンの実行速度を向上させる必要性」は全く感じておらず、「アセンブラ」に拘る必要はこれっぽっちもありません。もちろん、アセンブラをマスターする必要も全くなかったのです。
実行速度はプログラム品質の1指標ではありますが、その他にも可読性やシンプルさ、メンテナンス性なども重要です。

しかし、当時の私は「早いこと=良いこと」であり、「アセンブラをマスターすること=恰好いいこと」という黄金の法則に支配されていました。つまり、恰好よくあるために「アセンブラ」でプログラミングする必要があったのです。実はこの「アセンブラ」という言語。プログラム言語の元祖であり、アセンブラの命令と、機械語(コンピューターが処理できる言語のこと)が「1対1」で対応していることから、コンピューターの動作原理を理解するのに大いに役立つことになります。

◆何故か訪れた迷走期・そして脱出

その後、なぜかパソコンを触らなくなり、高校を卒業します。あろうことか大学では経営関連の学部に席を置き、大学卒業後、繊維関連会社によりにもよって「ルート営業」として就職します。コンピュータと縁もゆかりもない「ルート営業」。お客さんが3件ぐらいしかないルート営業。毎日同じ会社をうろうろうろうろ。

3年経って「俺、何やってんだろう・・・」向いてもいない営業、好きなことも得意なことも、これまで学んでいたことも、なんも生かさず毎日うろうろうろうろ。「そうだ!コンピューター関連の仕事に転職しよう!」と思い立ち、作戦を練ります。

IT経験があると業務経歴書に書くために、特に拘りは持たず、未経験でも採用してくれるシステム開発の会社に潜り込みます。初めてのWindows95。初めてアクセスしたインターネット。インターネットが何かも分からず「Internet Explorer=インターネット」という勘違いをしつつも、「あー、やっぱりここだったんだ、俺の居場所」と安堵したのも束の間。

◆舞い降りた試練・そしてごめんなさい

「グループウェア(※)」に関する開発を担当することになります。「そもそもグループウェアって何?」に対する会社の回答は「グループウエアに関する本1冊」。読み終わった頃、部長に客先に連れていかれ、驚愕の部長の一言。「スペシャリストを連れてきました」

※ グループウェア:組織内部でのスケジュールやタスクの共有、コミュニケーションを目的としたソフトウェア

・・・な、な、なんと!

ルート営業での経験を活かし、自信満々に、にっこり笑ってうなずきました。(心の中は不安でいっぱい。これは詐欺だ!なにやら詐欺の片棒を担いでしまった・・・やばい・・・どうしよう・・・)

でも、「立場が人を育てる」んですね。「やるしかない」なら「できる」んです。もともと筋金入りのパソコンオタクですし。難しいアセンブラだってできますし。

手探りでお客様の要望を聞き出し、仕様を決めて開発、納品。「知ったかぶり」と「出たとこ勝負」と「情報補完」の毎日。毎日が新鮮、毎日が勝負、毎日「自分の実力ばれやしないか」と戦々恐々。

なんとか騙しおおせて事なきを得たわけですが、段取りも悪く、お客様には散々迷惑をかけたと反省する今日この頃。その後、高速道路のETCに関するLinuxの設定、携帯電話メールサービスに関するUNIXの設定などを経て、サーバー関連の業務も経験し、当初の目論見通り業務経歴書への「システム開発経験豊富」の記載条件を満たし、大手電機メーカーの社内システムエンジニアとして見事転職。

◆大手電機メーカーでのシステムエンジニア時代

既に私は「スペシャリスト」としての経験と技術を兼ね備え、スペシャルな仕事をスマートにこなすつもりで準備万端。
ところが、私の目論見とは裏腹に、「運用が始まったばかりの不具合だらけの業務システム」のお守役として、地べたを這いずり回りながら泥臭く運用する毎日の幕開けです。

一般的に、他人が作ったプログラムの不具合を修正するということは、自身に責任がないため、気楽なものです。しかも、直したら感謝され、毎日いい気分です。

でも、何事にも限度があります。「不具合報告のない日は無い」ポンコツ振りで、さすがに褒められていい気分、なんて余裕は徐々に失われていきます。問合せ窓口だった私は、来る日も来る日も電話で謝る毎日。終わりが全く見えないのです。これが、私が夢見ていた仕事の現実なのか・・・。という疑問を抱えつつも、日々発生する不具合を修正し続け、一段落した頃、やっと、念願の本格的な開発業務に携わることになります。

大企業でシステムエンジニアとして過ごした十数年間。大企業でしか経験できない大きなプロジェクトや、ついつい後回しになりがちな「システム開発における標準化」など幅広く担当します。大企業でなければ(資金、体力などの余裕がなければ)経験できないことを実際に経験し、広い視野、高い視点の重要性に気付きます。

これらの経験を通じて、パソコンオタクが一皮むけることになりました。

その後「開発業務は全てアウトソーシング」という会社の経営方針転換により、一切の開発業務がなくなり、私はやる気を失い、結果、居場所を失うこととなったのです。

◆バーブワイヤーへの転職

大企業の求めるIT技術者。それは純粋なIT技術者を意味するものではありません。年齢と共に開発から遠ざかり、マネージメント力を要求されます。大企業に長年勤務してたどり着いた答え。大企業ではマネージャーになることだけが「花形」だという事実。

その事実を正確に認識した私は、同じ間違いを繰り返さないため、いくつになっても高度な最新技術を追及し、その技術を適用することで会社に貢献したい、という観点で、次なる職場を探した結果、この会社にたどり着きます。ちょうど私が応募したころ、この会社では、少々高度な技術を要する機能の作り込みを約束したものの、目論見誤りから手こずり、途方に暮れていた状態。
まさに私は「救世主」。調子に乗ってすぐ就職。

この会社には、私の求めているものがすべて揃っていたのです。

・自覚はないものの、感謝されるとすぐに調子に乗って、いい気分になる。
・マネージメントになんて興味はない。
・自分がやりたいことだけやっていたい。

◆バーブワイヤーの魅力

会社にとって有益であれば、この会社は何にでもチャレンジできるのです。一般的に大企業では失敗を回避することが何よりも優先順位が高く、会社標準として認められている技術しか適用できないものです。

一方で、この会社には「小さい会社だからこそのチャレンジ精神」があり、お客様にとってベストな選択であるならば、新しい技術をどんどん取り入れることが可能です。私が自ら「新技術を見つけ出して採用」し、その技術を利用して新たなツールを作成することが出来る。そして、そのツールが「サイト構築の基盤」となり、安心安全で、安定したサイト構築が実現できるのです。

このように新しい技術を探求し、自分なりの創意工夫を凝らすことで「お客様に安心を与え、信頼して頂くことが出来る」というのは、私のような技術バカにとっては、得も言われぬ充実感をもたらすのです。

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